~採択者の洋画コース卒業生・林恵理さんへのインタビュー~
芸術学部洋画コース卒業生の林 恵理さんが、公益財団法人ポーラ美術振興財団が実施する「平成30年度若手芸術家の在外研修制度」に採択されました。この制度は、活発な創作活動を奨励することを目的に若手美術家の海外での研修を援助・助成するもので、林さんは難関の審査を突破し、今年度の採択者に選ばれました。現在ドイツで研修を行っている林さんに、現地での近況やこれまでの作品制作について伺いました。
Q.在外研修への採択おめでとうございます。ドイツのどこを拠点に研修を行っておられるのでしょうか?
林さん:2018年4月から2019年3月までの1年間、ハレ(ザーレ)という町にあるブルグ・ギービヒェンシュタイン美術大学イメージ・空間・オブジェ・ガラスクラスにて研修を行っています。
Q.現在ドイツでどのような作品制作を行われているのでしょうか。
林さん:今回の助成に採択されたテーマである「新しいユートピア」に基づいて、主にガラスと紙を使用したドローイング、オブジェ、インスタレーションなどを制作しています。現代社会ではもはや理想とされる世界は一元的ではないという問題意識から、伝統的なイメージと異なる、新しいユートピアについての作品を制作することを目指しています。ガラスは近代建築においてまず未来的、開放的な民主主義の象徴として登場します。現代美術家のダン・グラハムはガラスを透明な壁、開放性とともに遮断性を持つものとして使用した点で革新的ですが、ガラスのこのような両義性は歴史的にはあまり注目されてこなかったように思います。現代のユートピアは何かというコンセプトを、ガラスという素材を使って表現し、提示したいと考えています。
Q.作品を制作する上で、大切にされている点はどのようなところでしょうか。
林さん:自分のなかでは三つあります。
まず、「ふと思いついたことや自分の勘を信じてはじめてみる。」ということです。いま研究・制作している「新しいユートピア」ということも、そのテーマや作品のアイデアは、何もないところからやってきたのではなく、自分の今まで経験したこと、学んだことの海からやってくるものです。なので、ふと思いついて、「なんでこれがしたいんだろう・・・?」と最初はよくわからないプロジェクトでも、始めてみると、実はどこかで繋がっている場合があって、思いがけずその作品が自分の活動の次の一歩に重要な役割を担うこともあります。もちろんそうでないこともあるので、その場合は勇気を持って方向転換をすることが大事だと考えています。
次に「技術に妥協しない。素材研究が失敗してもいちいち落ち込まない。」ということです。これはガラスを始めて学んだことなのですが、ガラスという素材はとても技術に依存します。つまり、高い技術を持っているほど、作品の完成度があがるということです。その結果、毎日が実験と練習の生活になります。ひとつの作品を完成させるのに、素材研究だけで1年2年かかることもあります。失敗や同じ工程が続くと正直に言って嫌になることもあります。でも、それがガラスであり、制作です。失敗するのには必ず理由があります。それをひとつずつ解決していくことが作品完成への唯一の道だと考えています。
最後に「作品に関することを明文化する。」ということです。作品のコンセプトはもちろんですが、なぜこの素材、形態、サイズなのかなどを考えて、いろんな可能性がある中でひとつひとつ納得しながら制作を進めると、作品に対してよりクリアな気持ちで向き合えるのです。
Q.京都精華大学芸術学部洋画コースで学ばれた林さんですが、在学中のエピソードや思い出を教えてください。
林さん:大学在学中は本当にたくさんのことを学びました。洋画コースは、絵画制作以外にも様々な表現手法について学びます。インスタレーションをしたり、またイギリスの協定校からのゲストアーティストと共に、学内ギャラリーのフロールで巨石をテーマにした展覧会を一緒につくりあげる、というような経験もしたりしました。それらを通して、自分の表現の幅は確実に広がったと思います。もしかしたら自分のやりたいと思うことと、絵画という表現技法があっていないのでは、と感じることもありました。そして6年前にドイツに来てから制作方法を絵画から立体に変えたのですが、大学時代に少しですがそのような経験をしていたからこそ、勇気を持って方向転換することができたのだと思っています。
また、イギリスのグラスゴー美術大学に3カ月の交換留学に行ったんです。小さい頃から海外で勉強することが夢ではあったのですが、全く現実感はありませんでした。しかし、思い切って行った交換留学を通してもっとヨーロッパで勉強したいという気持ちが大きくなり、そのために必要なこと、準備しなければならないことなどを具体的に考え始めることができました。また、留学中に留学仲間とドイツやオランダなどの大学も見学できたこともとても良かったです。
多彩なゲストの方々の講演が聞けるアセンブリーアワーもとても貴重な経験でした。私は美術を学びたいという一心だけで普通高校を卒業して精華大に入学したので、精華大での全てが初めてで未知数でした。今振り返ると、私にとって精華大での4年間は、美術を学ぶということ、美術を仕事として生きるということについて初めて具体的に考えた期間だったと思います。その、自分の未来がまだよく見えていないフラフラとした期間に、本当に様々な背景や経歴をもった人生の先輩方の話をたくさん聞くことができたことはとても重要なことだったと思います。
京都精華大学での経験や学びが、現在の制作活動にもつながっていることを語ってくださった林さん。その語りには、大学で学ぶことの意味や、核心が現れているように思います。在学生のみなさんや、大学を志すみなさんにも参考となる点が多くあったのではないでしょうか。これからも林さんのご活躍を応援しています。