2022年3月21日(月)、「2021年度卒業式・学位授与式」を挙行しました。
今年度は新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、卒業生と教職員のみで式典を執り行い、式典の模様をオンラインで配信しました。保護者のみなさまは、大学内に用意した2会場で中継をご覧いただきました。
今年度の卒業・修了生は、学部卒業生が583名、大学院修了生が57名です。
卒業・修了生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。
今年度は新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、卒業生と教職員のみで式典を執り行い、式典の模様をオンラインで配信しました。保護者のみなさまは、大学内に用意した2会場で中継をご覧いただきました。
今年度の卒業・修了生は、学部卒業生が583名、大学院修了生が57名です。
卒業・修了生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。
ウスビ・サコ学長は「ご卒業・ご修了おめでとうございます。困難な道のりをたどって本日、卒業あるいは修了という地点にたどりついた皆さんの精神力をたたえたい。皆さんが手に入れたのは、様々な専門知識はもちろんですが、それ以上に、ともに学んできた学生、教職員との信頼関係と深い友情です。」と、この場を迎えられる喜びと、卒業生への賞賛、激励の言葉を述べました。
※ウスビ・サコ学長の学長挨拶全文は、本ページ末でご覧いただけます。
※ウスビ・サコ学長の学長挨拶全文は、本ページ末でご覧いただけます。
また、同窓会「木野会」会長の永井 利之さんより祝辞、卒業生代表で人文学部総合人文学科の木村 天使さん、人文学研究科修士課程の田中 龍さんより「卒業生の言葉」が述べられました。
また、今年度退職される教員に同窓会「木野会」より花束が贈呈されました。今年度退職される先生方は、芸術学部立体造形専攻の内田晴之先生、テキスタイル専攻の上野真知子先生、版画専攻の武蔵篤彦先生、マンガ学部ストーリーマンガコースの下村 富美先生、人文学部総合人文学科の堤 邦彦先生です。先生方、長いあいだのご指導、ありがとうございました。
あわせて開催された「京都精華大学展2022表彰式」では、卒業・修了制作の学長賞、理事長賞、学長奨励賞、木野会賞受賞者の表彰が行われました。
学長賞受賞者は、芸術学部映像専攻の宮下マリアナナさん、マンガ学部新世代マンガコースのパクダアルさん、人文学部歴史専攻の上柳月華さん、理事長賞にデザイン学部プロダクトコミュニケーションコースの國谷柚果さん、ポピュラーカルチャー学部音楽コースの堤本禮太さん、芸術研究科博士前期課程のシークリスト レベッカ ケイトさんが選出。また、学長奨励賞にデザイン学部建築コースの杉山未羽さんが選出されました。
木野会賞には、芸術学部映像専攻の高橋諒さん、デザイン学部デジタルクリエイションコースの小山佳奈さん、マンガ学部アニメーションコースの吉田愛理さんと井上岳士さん、ポピュラーカルチャー学部音楽コースの横田樹さん、人文学部社会専攻の中村里穂さんがそれぞれ選出され、表彰されました。
学長賞受賞者は、芸術学部映像専攻の宮下マリアナナさん、マンガ学部新世代マンガコースのパクダアルさん、人文学部歴史専攻の上柳月華さん、理事長賞にデザイン学部プロダクトコミュニケーションコースの國谷柚果さん、ポピュラーカルチャー学部音楽コースの堤本禮太さん、芸術研究科博士前期課程のシークリスト レベッカ ケイトさんが選出。また、学長奨励賞にデザイン学部建築コースの杉山未羽さんが選出されました。
木野会賞には、芸術学部映像専攻の高橋諒さん、デザイン学部デジタルクリエイションコースの小山佳奈さん、マンガ学部アニメーションコースの吉田愛理さんと井上岳士さん、ポピュラーカルチャー学部音楽コースの横田樹さん、人文学部社会専攻の中村里穂さんがそれぞれ選出され、表彰されました。
その後は「2021年度 京都精華大学学長表彰」受賞者に、表彰状と副賞が送られました。
「京都精華大学学長表彰」は、本学の教職員、学生および卒業生を対象に、学術、芸術、社会活動などを通して、京都精華大学の名誉を高め、本学の活性化につながる功績を修めた方や団体に、学長が表彰を行うものです。
2021年度は、「令和3年度 京都市芸術新人賞」を受賞するなど、作家活動も注目されている芸術学部共通教育教員の中村裕太さん、余った制作資材を他の学生に譲る場「セイカマテリアルリユースステーション」を考案・設置したデザイン学部ライフクリエイションコースの教員・在学生によるグループ「SMaRT」、芸術研究科卒業生で作家活動を続けアートアワード「CAFFA賞2020-2021」のグランプリに選ばれた金沢寿美さんが選出され、表彰状と副賞が送られました。
「京都精華大学学長表彰」は、本学の教職員、学生および卒業生を対象に、学術、芸術、社会活動などを通して、京都精華大学の名誉を高め、本学の活性化につながる功績を修めた方や団体に、学長が表彰を行うものです。
2021年度は、「令和3年度 京都市芸術新人賞」を受賞するなど、作家活動も注目されている芸術学部共通教育教員の中村裕太さん、余った制作資材を他の学生に譲る場「セイカマテリアルリユースステーション」を考案・設置したデザイン学部ライフクリエイションコースの教員・在学生によるグループ「SMaRT」、芸術研究科卒業生で作家活動を続けアートアワード「CAFFA賞2020-2021」のグランプリに選ばれた金沢寿美さんが選出され、表彰状と副賞が送られました。
卒業生のみなさん、受賞者のみなさん、改めて本日はおめでとうございます。
これからのみなさんのご健勝とご多幸を、教職員一同心よりお祈りしております。
これからのみなさんのご健勝とご多幸を、教職員一同心よりお祈りしております。
「2021年度卒業式・学位授与式」 ウスビ・サコ学長式辞 全文
AW NI CHE, AW NI SEGUE, AW NI BARA(バンバラ語)
ご卒業・ご修了おめでとうございます。また、保護者の皆様、ご関係者の皆様、誠におめでとうございます。今年度も対面という形で卒業・修了式が行われることを、非常に喜ばしく思います。加えて今年度は卒業・修了式を配信するだけでなく、キャンパス内に特別視聴エリアを用意し、この場にいない保護者の方々、関係者の方々とこの雰囲気を共感することができています。
さきほどの私のバンバラ語の挨拶には、祝福の意味のほかに「ご苦労さまでした」という意味が含まれています。困難な道のりをたどって本日、卒業あるいは修了という地点にたどりついた皆さんの精神力をたたえたい、そして皆さんを指導してこられた教職員の尽力にも感謝したいと思います。
思い返すと、ここにいる卒業生の皆さんの多くが入学した2018年、私も学長に就任し、その学長としての最初の仕事が入学式で皆さんに挨拶をすることでした。お互いの緊張感のなかで、私は皆さんに対して、京都精華大学の理念を尊重し、本学を世界に開かれ、世界から選ばれる大学へと発展させること、そして多様性を重視した学びの環境の中で皆さんが人間形成できるよう努力することを約束しました。さらに本学の教職員一同が皆さんの教育に責任を持ち、皆さんがみずからの足で立ち、そしてみずからを律することのできる人間として未来を開拓していけるよう努めていくことを約束しました。これらの約束のもとで私たちは皆さんを京都精華大学の共同体の一員として受け入れ、ともに大学づくりをスタートさせたのでした。
さきほどの私のバンバラ語の挨拶には、祝福の意味のほかに「ご苦労さまでした」という意味が含まれています。困難な道のりをたどって本日、卒業あるいは修了という地点にたどりついた皆さんの精神力をたたえたい、そして皆さんを指導してこられた教職員の尽力にも感謝したいと思います。
思い返すと、ここにいる卒業生の皆さんの多くが入学した2018年、私も学長に就任し、その学長としての最初の仕事が入学式で皆さんに挨拶をすることでした。お互いの緊張感のなかで、私は皆さんに対して、京都精華大学の理念を尊重し、本学を世界に開かれ、世界から選ばれる大学へと発展させること、そして多様性を重視した学びの環境の中で皆さんが人間形成できるよう努力することを約束しました。さらに本学の教職員一同が皆さんの教育に責任を持ち、皆さんがみずからの足で立ち、そしてみずからを律することのできる人間として未来を開拓していけるよう努めていくことを約束しました。これらの約束のもとで私たちは皆さんを京都精華大学の共同体の一員として受け入れ、ともに大学づくりをスタートさせたのでした。
皆さんの卒業証書には、次の言葉が刻まれています。「友愛の精神を養い、学部学科所定の学科目を全て履修し本学を卒業されました。あなたの前途を祝福して学士を贈ります。」
皆さんが手に入れたのは、様々な専門知識はもちろんですが、それ以上に、ともに学んできた学生、教職員との信頼関係と深い友情です。アフリカには、「If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together. 早く行きたければ一人で進め、遠くまで行きたければ皆で進め」ということわざがあります。「遠くに行くためには皆で進め」からは、組織の多様性についての示唆をえることができます。もちろん、似たような価値観を共有する仲間うちで意思決定するなら、摩擦も少なく、効率的に物事を進められるかもしれません。しかし、その場合、私達は誰でもが思いつく手近なゴールしか目指せません。それよりも遠くへ行くためには、オープンで多様性に飛んだ組織になることが必要なのです。多様性、つまりダイバーシティーというと、性別や人種の違いばかりが強調されがちですが、それはそうした違いを尊重することが、様々な物の見方や考え方を私たちにもたらしてくれるからにほかなりません。重要なのは見た目の違いではなく、その下にある考え方の多様性なのです。
一人の人間が生まれてから死ぬまで同一の文化・社会のなかで生活するというモデルは、グルーバル化の時代には通用しません。こんにち、暮らしや学び、そして仕事のなかで、あらゆる国や地域のヒト・モノ・システムが行き来し、もはや旧来の常識にすがって生きることは不可能となっています。こうした状況において、多くの人々が固有の文化的アイデンティティとその表象を求めて、伝統や他者の思想にすがりつこうとしますが、しかし軸となるアイデンティティが借り物であっては、このグルーバル化の時代において決して役に立つことはなく、むしろ有害ですらあるでしょう。グローバル化と固有の文化的アイデンティティは矛盾した関係ではありません。自国の文化をしっかりと見定めたうえで、周囲の異文化を深く理解することによって、借り物ではない自分自身のアイデンティティを構築し、しっかりと保持することが重要なのです。さもなければ、社会学者のリチャード・セネットが指摘するように、人は自信のなさの裏がえしから一握りの指導者の言いなりになり、極端に排他的になってしまいかねません。
本来、教育は個人の自我の確立と、これに平行して他者を尊重する姿勢を養うためにあります。日本の多くの教育現場では、それぞれの生徒・学生を手取り足取り教員が指導するがゆえに、この後者の他者を尊重する姿勢が養われにくくなっています。教育がただのサービス業になってしまっては、その本質が失われてしまうのです。
本来、教育は個人の自我の確立と、これに平行して他者を尊重する姿勢を養うためにあります。日本の多くの教育現場では、それぞれの生徒・学生を手取り足取り教員が指導するがゆえに、この後者の他者を尊重する姿勢が養われにくくなっています。教育がただのサービス業になってしまっては、その本質が失われてしまうのです。
さきごろ気候変動予測に関する研究でノーベル物理学賞を受賞した米国プリンストン大学上席研究員の真鍋淑郎さんの受賞コメントに、「(自分は)日本で調和の中で生きることはできない」という趣旨の言葉がありました。ご存じのように真鍋さんは日本に生まれ、若い時期に渡米して、いったんは帰国したものの、再び米国に渡って米国籍で研究を続けられておられます。長く日本に住む私にとって、真鍋さんが言及した「調和」という言葉は、とても京都っぽい皮肉にも聞こえました。日本人であれば、ここで「調和」と言われているのは「同調圧力」のことだとすぐに気がつくでしょう。多くのメディアでもそのように解釈されていました。 私の解釈では、同調圧力とは、とても高い能力を持っている人が、周囲の暗黙の圧力に押しつぶされてしまうことです。その結果、人は本来の能力を発揮することができず、集団に埋没してしまいます。「出るくいは打たれる」ということわざが示しているように、個人の能力よりも集団の調和を過剰に重視するのが、日本の慣習になっているようです。しかし、せっかくの能力が埋もれてしまってはもったいなくないでしょうか? そして「もったいない」というのも日本独特の表現ではなかったでしょうか?
教育現場に従事するひとりとして、近年、若者たちが何を感じ、何を考えているのか、ますます掴みどころがなくなったと耳にすることがあります。その原因を推測してみると、それはみなさんが、いわゆる「デジタル・ネイティヴ」であり、物心ついたときからパソコンや携帯電話が⾝の回りに存在し、インターネットを介した双方向のコミュニケーションが前提となった環境で成長してきたことに起因するのではないでしょうか? 世界情勢とプライベートなやりとりが区別なくみなさんの端末にストレートに届きます。次々と流れこむ情報に、瞬発的に対応する力は、私たち年上の世代にはない、大きな強みといえるでしょう。
しかしながら、京都精華大学を卒業したみなさんには、もう一歩踏み込んで考えてほしい。
ITの発展に伴う情報量の増大に直面し、多種多様な問題がじっくり考える暇もなく浮かんでは消えていくことが常態化しています。先ほども述べたように、単一・均一な文化・社会のなかで一生を過ごすというモデルは、グローバル化によって過去のものとなり、アイデンティティとは教育や伝統が量産する幻想にすぎず、まったく絶対的なものではないと思い知らされる場面が増えました。そのような現状は、良いことばかりを生み出しているのではありません。情報過多な現代に生きる若者が、アイデンティティ・クライシスに苦しみ、心の拠り所の喪失に悩まされることが多いと、いま問題視されています。
しかしながら京都精華大学は、多様性だけでなく、リベラルアーツも教育の柱に据えています。これまで効率重視に傾き、高等教育が置き去りにしがちだったリベラルアーツの重要性を今一度訴え、教育現場の工場化に抵抗しています。そうすることで、皆さんが借り物ではないアイデンティティを構築し、本当の意味で自由になれると信じているからです。
さて、本日、卒業証書を手に入れた皆さんは、この本当の意味で自由になれたでしょうか? 皆さんが大学で過ごした4年間の半分は、コロナ禍のもとにありました。それまでの生活と全く別の生活が強いられ、便利と思っていた世の中が急に不便になり、信頼していた世界経済の安定性が崩れてしまったわけです。国境や地域を越えた人々や資本の移動によってもたらされた「新型コロナウイルスの世界的な感染拡大」が2年以上に及び、これに伴う世界経済の不調と地域のブロック化が次第に顕在化してきたことによって、これまでのグローバル化を目指す価値基準が根底から揺さぶられています。21世紀に入って人々の距離が境界を越えて接近し、人類が共通して同じ課題、しかも一国では解決不可能なグローバルな課題に取り組もうとし、国連が定めた持続可能な開発目標(SDGs)を達成しようとしていたところに、新型コロナウイルス禍はまさに冷水を浴びせかけました。
しかしながら、だからこそ、この2年間が決して「不自由」ではなかったことは、京都精華大学で学んだ皆さんなら理解できることと思います。この2年間は、皆さんがこれまでの便利な日常に流されるのをいったん止め、自分自身の足元を見つめ直し、これまで気にすることのなかった故郷の大切さ、家族の大切さ、友人の大切さ、大学キャンパスの大切さなどに気づき、そしてそれらを回復させようとする人々の努力に気づくことのできた貴重な2年間でもあったのです。この気づきが生涯にわたる皆さんの財産になってほしいと願っています。
先日、私はロシアとウクライナの戦争について、学長名義の声明文を出させていただきました。そのなかで、「京都精華大学は、世界平和を希求する世界中の人々とともに、ロシアによる軍事侵攻の即時停止、ならびに即時撤退を強く訴えます。また、すでに失われてしまった人命に対して哀悼の意を表するとともに、対話による解決が実現することを切に希望します」と書きました。この戦争は、グローバル共同体の限界に直面して国家同士の信頼関係が崩壊しつつあることを露呈したように思えます。とはいえ、個人のアイデンティティが旧来のようではありえないのと同様に、かつての国民国家の限界も明らかです。一国の「正義」や価値観をふりかざし、武力によって国際紛争を解決しようとする今回のロシアの軍事侵攻によって、多様性にもとづいたグローバルな新秩序を模索している人々の努力が萎縮してしまうようなことは、絶対にあってはなりません。
これから皆さんは、どのようなことに取り組むにせよ、京都精華大学でつちかった精神を忘れず、決して自分の目標を見失わないで下さい。みなさんの卒業・修了とともに、私も4年間の学長の任期を終えます。決して無事とは言えない4年間の学長の任期を勤め上げることができたのは、皆さんとの共同作業、協働による創造のお陰です。私もこれから新しいステップにチャレンジし、決して諦めることなく成長し続けていきたいと思います。京都精華大学を卒業・修了するみなさんの進路は、会社員、公務員、作家、クリエーター、フリーター、ニート(「自由人」とか?)、大学院生などさまざまです。学部の一年生から開講された京都精華大学のキャリア教育で、皆さんは「自分の好きを仕事にしてください」と教えられたはずです。その「自分の好き」を貫きながら、さらに社会の変革、いわゆるソーシャル・イノベーションにもチャレンジしてください。失敗を恐れず、もし壁にぶつかったときには、常に京都精華大学という皆さんの原点に立ち帰って下さい。
最後に、現在でも世界で勃発している紛争の終結と新型コロナウイルス感染症の終息を願いつつ、WAR(戦争・争い)について歌ったBob Marleyの歌詞を皆さんに送りたいと思います。
Aw ni baara ! Aw ni seguèn!
K’an bèn sòòni ! Ka nyògònye nògòya !
以上、私の祝辞とさせていただきます。
ご卒業おめでとうございます。
2022年3月
京都精華大学学長 ウスビ・サコ
京都精華大学学長 ウスビ・サコ