世界的な人気を誇るアクションゲーム『メタルギア ソリッド』シリーズをはじめ、数々のゲーム作品で知られるアートディレクターの新川洋司さん。コジマプロダクションに所属する現在も『LEFT ALIVE(レフト アライヴ)』『DEATH STRANDING(デス・ストランディング)』といった注目タイトルを手がけるなど、ゲーム業界の第一線でご活躍中です。そんな新川さんが、このたび母校である京都精華大学で公開授業を開催。幼少期からゲームクリエイターになるまでの軌跡、そしてゲームにおけるキャラクターデザインの考え方について、ご自身の経験談や実演を交えて熱く語ってくださいました。ライブペインティングや在学時のポートフォリオなども公開された豪華な授業内容をお届けします。
プロフィール
新川 洋司(アートディレクター・イラストレーター)
広島県出身。1994年京都精華大学美術学部洋画専門分野卒業。同年KONAMIに入社。『メタルギア ソリッド』シリーズのキャラクターや背景、メカニカルデザインなど、アート全体を統括する。2015年に同社を退社し、現在は小島秀夫氏が設立した新スタジオ、コジマプロダクションに所属。同スタジオの最新作『DEATH STRANDING(デス・ストランディング)』においてもアートディレクションを手がけている。
幼少期から創作意欲を発揮!?
「ただいまご紹介に預かりました新川と申します」
150名以上の学生が詰め掛けて満員となった講義室に、新川洋司さんの第一声が響き渡った。黒の上着にピンク系のプリントパンツというカジュアルな出で立ちで登場した新川さん。母校を訪れるのは、1994年の卒業後、じつに23年ぶりだという。
「校舎も新しくなっていて、ずいぶんと変わりましたね。学生さんも真面目な人が多いと聞きましたが、僕らの頃はひどかったですよ、学祭では裸踊りをするし(笑)」
軽快な口調で学生時代を振り返り、場を和ませる新川さん。会場の緊張感が少し緩んだところで、新川さんはモニター画面に「半生の振り返り」と題した自作のプロフィールを提示した。そして、「自分が今までどういう風に過ごして来たか、子どもの頃からの流れで話しながら、その合間に絵のことやゲームのことをお話しできればなと思います」と切り出した。
稀代のアートディレクターは、一体どのような幼少期を過ごしていたのだろう。興味津々の表情を浮かべる学生たちに、新川さんはあるものを見せた。
「これは最近実家で見つけた、ブロックでつくったロボット。ちゃんと合体もするんです。こんな風に粘土とかブロックでものをつくったり、ロボットの絵を描いたりするのが昔から好きでしたね」
ロボットアニメやプラモデルが大流行していた当時、ロボット好きの少年はさほど珍しくなかったはずだ。ただ、新川さんの場合は、既成のロボットでは飽き足らず、自分の想像力を働かせて改造ロボまで作り出していたという。
「小学3、4年生の頃にガンプラがすごく流行っていたんですけど、それで遊びながら、ここがもうちょっとこうだったらいいのになぁと思って、自分で設計図を描いたりしていました。ゲームの仕事をするようになって、自分がデザインしたキャラクターを、フィギュアやプラモデルにする企画もあり、その際は監修を務めさせていただくこともありますが、やっていることは小さい頃とあまり変わらないんです。立体像をイメージしながら、たとえば足の部分をもう少し長くしようとか、太くしようとか微調整していると、同じことをやっているな、とよく思いますね」
心に刻む、恩師の言葉
続いて、新川さんが取り上げたのは、高校時代のエピソード。当時所属していた美術部の顧問の先生があるクラスメイトに向かって言い放った一言、「下の下の下じゃ〜!」が、今も心に深く刻まれているそうだ。
「美術の時間に絵の合評会があって、ひとりの生徒が自分の絵を紹介するときに『このへんがうまく描けていなくて……』と、自身の作品をけなすような言い方をしたんですね。するとその先生が『お前は下の下の下じゃ〜!』と言って怒り出したんです。つまり、『自分の絵を褒めるのは自分しかいないんだから、そんな風にけなすもんじゃない』と。日本人って何かにつけて自分を謙遜するところがあると思うんですけど、海外ではまず通用しません。たとえば、海外でインタビューを受けるとき、『全然うまくできてないんですけど』なんて控えめに言ったりすると、そのまま受け止められて『そんなものを見せるんじゃないよ』と言われちゃうわけです。そういった場面に出くわすたび、先生の言葉がよみがえってきます」
ゲームとアートに没頭した学生時代
大学時代については、「授業はある程度、真面目に出てました」と前置きした上で、「模型、マンガ、ゲーム三昧の日々でした」と告白。なかでもとくにハマっていたというゲームの好みは、いかにも新川さんらしいものだった。
「今でいうクソゲーみたいな、ちょっととんがったゲームが好きでしたね。よくできたゲームよりも、自分だったらもうちょっとこうするなぁ、ここを直したいなぁと考えながらプレイできるゲームが好きだったんです。いつもそういう気持ちをもちながらゲームをやっていたので、今こういった仕事をしているのかなという気もします」
一方で、アートに対する視野が広がり、好きな作家が続々と出てきたのも大学時代だったという。新川さんは当時好きだった作家を列挙し、代表作を示しながらそれぞれの特徴や好きなところを紹介していく。
美術史の授業で知り、独特の作風に魅了されたというイラストレーター、オーブリー・ビアズリーをはじめ、「模型の神様」と崇められるモデラーの横山宏、映画『エイリアン』のクリーチャーデザインなどで知られるH.R.ギーガー、バンド・デシネ作家のエンキ・ビラル、浮世絵作家の月岡芳年など、非常にバラエティに富んだ顔ぶれだ。こうした人々の影響を受けて、「今の自分のスタイルができていると思う」と新川さんは言う。
ポートフォリオは「最大の見せ場」
大学卒業後、大手ゲーム会社KONAMIへの就職を果たした新川さん。会場に就職活動を控えた学生が多数いることを察してか、当時実際に提出したポートフォリオを特別に見せてくれた。分厚いファイルの中には、授業で描いた水彩画や油彩画のほか、F1やゲームを題材にしたマンガやイラストなどがぎっしり。現在の作風からは想像もつかないような制作物も披露してくれた。「何カ月もかけて、本当に一生懸命作りました」と、制作には相当の労力を費やしたそうだ。
リアリティを追求した代表作
そこから話題は、新川さんの出世作となった『メタルギア ソリッド』シリーズへと発展。同シリーズのデザインを手がける上で、とことん追求したのは「リアリティ」だったという。
「銃を構えて撃つという動作ひとつとっても、実際に経験したことがないからわからないことがたくさん出てくるんですよね。そこで軍事アドバイザーの方にお願いして米軍基地で訓練を見せてもらったり、基本的な動作を教わったりしました。じゃあ、ちょっとやってみましょうか」
そう言って新川さんは学生2名を壇上へ招き、彼らに持参したモデルガンを手渡した。「イメージでいいので、ホルスターから銃を抜いて撃つ格好をしてみて」。学生は戸惑いながらも、片足を一歩踏み出し、撃つ真似をしてみせる。
「まず足が違いますね。今、片方の足が前に出ちゃってたんだけど、両足はいかなるときも標的に対して平行でなければならないんです。なぜなら、敵が別の方向から襲ってきたときに対応しづらくなるから。それから銃の向きを変えるときも、腕を右から左へ水平に移動させるのではなく、身体ごと捻る感じで、そうそう……」
基本姿勢から手足の動かし方、銃の握り方まで、マニアックな領域におよんだ実技指導を経て、新川さんは言う。
「結局、すべての動きには理由があるんです。なぜ標的と正対しないといけないのか、なぜ銃を下から押さえ込むように持つのか。あるいは、ホルスターなどの装備品はどこにつけるのがベストなのか。そういったことが、実際に自分で動いてみるとわかってきます。説得力のあるキャラクターを作る場面では、作り手の体験がすごく重要になるということを、ぜひ知ってほしいですね」
新川流のキャラクターデザインに迫る
続いて新川さんは、架空のロボットやキャラクターを描く場合のポイントを説明。「みんなが知っているものや単純な図形をモチーフにすること」が重要なポイントであるという。
「いきなり新しいキャラクターを見せられても、何これ?って思いますよね。みんなが知っているものをモチーフにすることで、そうした近寄り難さをなくし、ゲームに入り込みやすくします。具体的なモチーフを決めず、丸や三角といった単純な図形で構成するのもひとつの方法です」
加えて、「魅力的なキャラクターづくり」には欠かせないものがあると語った。
「例えばアクションの操作キャラクターを描くとき、彼らは戦闘を行うわけですから、強さは当然必要なんですけど、セクシーさも大事な魅力のひとつなんじゃないかと僕は考えています。人間であろうとロボットであろうと、何らかのセクシーさをプラスできるように意識して描いていますね」
とはいえ、どんなに魅力的なキャラクターを描けたとしも、そのままゲームに活かせるとは限らないようだ。キャラクターの完成度を高めるためには、最後の「調整」が欠かせないという。
「7頭身か8頭身くらいでかっこよく描いても、実際に動かしてみると、モーション映えしないことが多いんですよね。立っているときはかっこいいのに、銃を構えたり蹴ったりというアクションを加えるとすごく華奢に見えて動きが映えなかったりする。そんなときは、手足にボリューム感を出すなどの修正を入れています。このように、キャラクターデザインはゲームの都合に合わせた調整が必要になってくるんですよね」
愛用の筆ペンで個性を表現
最後には「ドローイング」について、なんと、ライブペインティングを交えての解説!主に筆ペンを使うようになった理由や、繊細な絵に仕上げるコツなどを包み隠さず教えてくれた。
「なぜ筆ペンを使い始めたかというと、やっぱり自分の個性を出したかったから。もともと漫画家に憧れていたこともあって、はじめはGペンで試みたんですけどうまくできなくて、どうしようかなと思ったときに、子どもの頃から尊敬している安彦良和先生や天野喜孝先生が筆で絵を描いていらっしゃることを知って、筆ペンを使ってみることにしました。描いている途中に予期せぬ線が生まれるのが楽しくて、自分にはこれが合っているのかなと思います。だいたい描き上がったところで、このように修正ペンでディテールを描いたり、鉛筆でぼかしを入れたりして仕上げるという感じですかね」
そうこうしているうちに授業の残り時間もあとわずか。最後に新川さんは学生たちに、こんなメッセージを送ってくれた。
「今回の授業にあたり、昔のことをいろいろと思い出していたんですが、学生時代ってたくさん時間があるようで、あまりなかったなと思います。遊びも含め、いろんな体験をすることも非常に重要なんだけど、やっぱりアーティストなので、できるだけ多くの作品を作ってほしいなと思っています。そして作品をどんどんためて、自分の世界観を作っていってもらいたいです」
新川さんがアートディレクターになるに至った原点が垣間見えるエピソードから、就職活動におけるポートフォリオのつくり方、そしてゲーム制作の現場で培われたキャラクターデザインの極意まで披露された、非常に中身の濃い授業でした。ここで語られた言葉の数々は、ゲーム業界での活躍を夢みる学生はもちろん、その他の分野を目指す学生の心にも深く刻まれたことと思います。
特別インタビュー
さて、ここからは授業後に行われた特別インタビューの様子をお届けします。時間の都合上、授業ではあまり触れられなかったコジマプロダクション移籍後のお話もうかがっていますので、こちらもお見逃しなく!
母校での特別講義を終えて……
—公開授業、お疲れさまでした。終了後はサイン攻めでしたが、一人ひとりとちゃんと言葉を交わしながら絵まで描いていらっしゃいましたね。
新川 普段、学生さんとお話する機会があまりないので、何か刺激みたいなものをもらえないかなと思って。全体的におとなしい印象を受けましたが、僕らの頃はめちゃくちゃな人が多かったから、余計にそう思えるのかも。僕はいたって真面目でしたけどね(笑)。
—授業には一応ちゃんと出ていたとアピールされていましたね(笑)。印象に残っている授業などはありますか?
新川 授業でもお話しましたが、ビアズリーの絵に出会えたという意味で、美術史の授業がすごく印象に残っています。僕は洋画専攻でしたが、美術というよりイラストレーターが好きだったので、こんな作家がいたのかと衝撃を受けました。今はマンガやイラストを専門に学べる学科があるみたいで、すごく羨ましく思います。
—マンガといえば、大学時代のポートフォリオにマンガ作品をいくつも収められていて、マンガに対する思いの強さが伝わってきました。
新川 当時の僕にとって、マンガが何よりも自分を表現するのに最適なツールだったんです。音楽とかは無理かもしれないけど、絵とストーリーでなら自分の世界観を表せるんじゃないかと思っていました。
—おそらくその表現力が認められてKONAMIに採用されたのだと思いますが、そこからさらに表現力や技術力が磨かれていった、ということになるのでしょうか?
新川 自分が技術を高めていったというより、チーム全員の力を結集して、大きなことを成し遂げてきたという意識のほうが強いですね。チームの一員として自分に任された仕事を一生懸命にやる。その積み重ねの中で、本日の授業でお話したようなデザインのノウハウなどを学ばせてもらいました。
現在&これからについて
—小島秀夫監督のもとで多くの作品を手がけていらっしゃいますが、監督とは現場でどのようなやりとりをして仕事を進めているのでしょうか?
新川 まず監督が作り上げた世界観の設定があるので、そこに散りばめられているキーワードを拾い上げて、絵にしていくのが基本的なスタンスです。逆にいえば、キーワードがないと絵は描けないですね。最初にプロットやキーワードがしっかりあって、そこから絵を考え出すというのが非常に重要なのかなと思います。で、監督からもらったキーワードをもとに描いていくなかで、自分なりのアイデアが出てきた場合は、こういうのはどうですか?と自分から提案することもあります。授業でもお話しした、「理由のある動き」なんかも提案したりしますね。
—小島秀夫監督が設立したコジマプロダクションに移られてからは、自社開発の注目タイトル『DEATH STRANDING(デス・ストランディング)』のアートディレクションのほか、他社のゲーム開発やプラモデル制作などにも関わり、活躍の場を広げていらっしゃいますね。それはご自身の意思で?
新川 可能な範囲で自分がやりたいと思うことを結構自由にやらせてもらっています。ゲームのキャラクターデザインにしろ、プラモデル制作にしろ、ぶっちゃけていうと全部趣味なんですよね。おもしろそうなゲームだからこのキャラクターを描きたい、ロボットが好きだからプラモデルをやりたいっていう気持ちで動いています。
—今後、個人またはコジマプロダクションのチームで挑戦してみたいことはありますか?
新川 今はとにかく『DEATH STRANDING(デス・ストランディング)』を成功させることが最優先です。自分たちがおもしろいと思えるゲームを作り上げること。それが僕たちの考える「成功」です。海外のスタジオでは、「成功=ヒット」を目指してマーケティングからキャラを作っていくそうですが、そういうことはあまり考えていなくて、自分たちが楽しいと思えないものを他人が楽しいとは思わないだろうし、売れることもないだろうという考えでやっています。
—貴重なお話をありがとうございました。