読み物

2月11日(水)第14回 岡本清一記念講座「自己と他者~自由の共有を巡って(ゲスト:平野啓一郎氏)」レポート

「岡本清一記念講座─日本と世界を考える」は、京都精華大学の初代学長である岡本清一の掲げた建学の理念を受け継ぎ、広く周知するために開設した講座。本学の教育理念「新しい人類史の展開に対して責任を負い、日本と世界に尽くそうとする人間の形成」を検証し、継承することを目的として開催しています。

14回目となる今回は、小説家である平野啓一郎さんを講師に迎え、「自己と他者~自由の共有を巡って」をテーマに講演会が実施されました。

「自己と他者~自由の共有を巡って(ゲスト:平野啓一郎氏)」講演会レポート

(ゲストの平野啓一郎さん)
ニューヨーク在住の平野啓一郎さんを迎え、2026年2月11日にオンライン開催された岡本清一記念講座。平野さんといえば小説家としての精力的な活動はもちろんのこと、「分人主義」を提唱していることでも知られています。

私たちは一般に、個人を「分けることができない、たった一つの本当の自分」と捉え、場面に応じてさまざまな仮面(ペルソナ)を使い分けて生きていると考えがちです。しかし、平野さんは、家族といる時の自分、友人といる時の自分、職場での自分など、対人関係や環境ごとに分化した複数の異なる人格(分人)のすべてを「本当の自分」と捉え、これを分人主義と呼びます。
 
さらに平野さんは、自由の問題を考えるうえでも、この分人主義が有効ではないかと指摘します。
そもそも個人の自由は、「国家から干渉されない自由」、すなわち嫌なことを強制されない自由(消極的自由)として構想されました。一方で、20世紀以降、社会権の確立にともない、教育や職業選択など「やりたいことができる自由」(積極的自由)を保障すべきだという考え方が広がります。
 
これを分人主義に引き寄せて考えると、消極的自由は「不快な分人を生きなくても済む社会が作られている状態」、積極的自由は「自分にとって望ましい分人の比率を大きくして生きられる状態」と言い換えることができます。両者は表裏一体の関係にあるといえるでしょう。
 
そのうえで平野さんは、「自分の好きなように、分人の構成や比率を形づくれることが、人間の自由にとってとても重要なのではないか」と問いかけます。
そして、この分人主義は、社会の分断や対立を乗り越えるためのヒントにもなり得ます。
従来、対立を解消する方法としては「より大きな統合的な価値」を見出すことが考えられてきましたが、宗教などを巡る対立では共通の価値観を見出すこと自体が困難です。
 
しかし、問題なのは、「個人を分けられない一つの存在と捉えるモデル」の上に成り立っている点にあるのではないか、と平野さんは指摘します。つまり、一人の人間という分けられない存在を、一つのイデオロギーや価値観と一対一で結びつけてしまうからこそ、相容れない立場として非常に激しい対立を生んでしまうのではないのか……というのです。

そこで鍵となるのが、分人の視点です。分人化を通して、対立する相手の中に自分との接点を探ってみる。そうすることで、コミュニケーションの回路が生まれるかもしれない。平野さんは講演の最後を、このような言葉で締めくくりました。
「自分の中の多様性をオープンにしていくことによって、全否定か肯定かという回路から一歩抜け出し、それぞれの人間同士が歩み寄っていける可能性はあるのではないか。そこに非常にささやかな、しかし意外と柔軟な、切断することが難しいネットワークが実現できるのではないか。そのことに期待しています」

質疑応答では、マンガ学部に在籍する学生から、創作について「私は社会との関係を切り離さずに作品を作りたい。参考になることがあれば教えてほしい」という質問がありました。
 
この問いに平野さんは、「社会に対する居心地の悪さが表現の出発点になる人は多いのではないか」と応じ、自身も書き始めた頃は、自分の作品が受け入れられるのか分からなかったと振り返りました。その上で、「一つの他者性を社会にぶつけ、その孤独な他者性にこそ共感する読者がいる、という考え方もある。あるいは、その孤独な他者性がどうすれば理解されるのかを考えながら表現していく立場もある」と説明しました。さらに、自身も作品を発表し、読者との交流を重ねる中で、同じ世界を生きる現代の人たちへの理解が深まり、それにともなって作品や受け止められ方も変化してきたのではないかと語りました。
 
 
最後に、「表現者は、自分が良いと思うもの、自分がこれだけは書かなければならないと思うものを書いていくしかない。ただ、書き続ける中で読者との関係が見えてきて、それが作品に影響を与えることもあるのではないでしょうか」と学生にアドバイスを送りました。
 
(左:本学理事長・吉村、右:ゲストの平野さん)

講演会の締めくくりとして、本学理事長・吉村和真から「消極的自由と積極的自由の話は、岡本清一も重視していた。表裏一体である自由の問題に、分人というモデルがいかに有効かということが、説得力をもって感じられた。平野さんのお話は実践的で、すぐに、私たちが行動できることが目に見えるように感じた。私たちの大学では表現者を育成している。表現で世界を変えよう、という時の世界の複雑さとか、表現の多様さについて考えるためのヒントもたくさん詰まっていた」と感謝の言葉が述べられました。
 
分断・対立によって世界の不安が高まる中、希望となるお話を聞かせてくださった平野さん。貴重なお話をありがとうございました。
 

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