読み物

「2025年度卒業式・学位授与式」を挙行しました。

2026年3月20日(金)に「2025年度卒業式・学位授与式」を挙行しました。

今年度の卒業・修了生は、学部卒業生が839名、大学院修了生が50名です。
卒業・修了生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。
澤田 昌人学長
澤田昌人学長は「ご卒業・ご修了おめでとうございます。多くの方はこれから大学を離れ、社会に、世界に出ていかれるわけですが、昨今の世界は先行きのはっきりしない混沌とした状況になっていることはご存知の通りです。 将来に希望を持って社会に出ていくことは素晴らしいことですし、祝われるべきことであります。が、同時に仕事に、生活に、社会に、ひいては世界に対して今までよりも重い責任を持つようになる、ということでもあります。自分の人生を生きることは重要ですが、「許されるべきではない理不尽な運命に襲われている」人々にも思いを寄せ、その状況を認めてしまうのではなく「こんなことがあってよいはずがない」と考え続けてください。本学の建学の理念の冒頭にある「人間を尊重し、人間を大切にする」は、そのような諦めない姿勢につながっています。人間は尊重され大切にされることが本来の姿であり、虐げられるべきではない。大学を離れてもこの理念と精神を掲げ続けてください。」と卒業生へメッセージを送りました。
※澤田昌人学長の学長挨拶全文は、本ページ末でご覧いただけます。
 
「木野会」会長 永井 利之さん
また、同窓会「木野会」会長の永井 利之さんより祝辞、卒業生代表でマンガ学部ストーリーマンガコース コウ イクテイさん、メディア表現学部イメージ表現専攻 山口 月さん、人文学研究科 アディルバエワ ミレーナさんより「卒業生の言葉」が述べられました。
マンガ学部ストーリーマンガコース コウ イクテイさん
メディア表現学部イメージ表現専攻 山口 月さん
人文学研究科 アディルバエワ ミレーナさん

また、今年度退職される教員に同窓会「木野会」より花束が贈呈されました。
今年度退職される先生方は、国際文化学部の恩地 典雄先生、メディア表現学部の小松 正史先生です。長いあいだのご指導、ありがとうございました。
  • 恩地 典雄先生
  • 小松 正史先生
あわせて開催された「京都精華大学展2026表彰式」では、卒業・修了作品、論文の学長賞、理事長賞、学長奨励賞、木野会賞受賞者の表彰が行われました。

学長賞受賞者は、芸術学部 青山 礼さん、マンガ学部 杉本 紗弥さん、国際文化学部 佐藤 碧さん、理事長賞にデザイン学部 鈴木 千晶さん、庄司 響さん、キム ナキョンさん、シン ドンヨブさん、メディア表現学部 井上 捷太さん、芸術研究科 ト シャノン カヤさんが選出。また、学長奨励賞にマンガ学部 金地 穂乃歌さん、デザイン学部 塩見 祐貴さん、オウ ソウリンさんが選出されました。
木野会賞には、国際文化学部 清水 佳歩さん、メディア表現学部 山本 慈人さん、芸術学部 梅崎 結菜さん、デザイン学部 調子 ちえさん、マンガ学部 佐藤 春日さんがそれぞれ選出され、表彰されました。

  • 学長賞表彰
  • 学長奨励賞表彰
  • 理事長賞表彰
  • 木野会賞表彰
吉村和真理事長から挨拶があり、「表現活動は日常のなかに溶け込み、私たちに様々な力をくれる。これから社会に出て悩むことや迷ったことがあったとき、この大学でつちかったみなさんの頭と手がきっと助けてくれるはずです。」と、学生の努力を讃えるとともに京都精華大学で身につけた知識や技術を信じて進んでほしいと激励しました。
式典後は各学科・コースに分かれ、一人ひとりへの学位記の授与と、謝恩会が行われました。
4年間を過ごした教室で、教員や同級生と思い出を語り合う姿が見られました。

卒業生のみなさん、受賞者のみなさん、改めて本日はおめでとうございます。
これからのみなさんのご健勝とご多幸を、教職員一同心よりお祈りしております。

「2025年度卒業式・学位授与式」 澤田 昌人学長式辞 全文

皆さん、ご卒業・ご修了おめでとうございます。ご家族の皆様におかれましても、お子様のご卒業・ご修了を教職員を代表して心よりお喜び申し上げます。

多くの方はこれから大学を離れ、社会に、世界に出ていかれるわけですが、昨今の世界は先行きのはっきりしない混沌とした状況になっていることはご存知の通りです。建物や田畑が破壊され、インフラが爆撃され、人々が殺される、ということがますます増えている印象を持ちます。ひとつの戦いが終わらないうちにあらたな戦いがはじまっています。

80年前、2度の世界大戦での甚大な破壊と殺戮を経て、戦争において一般市民を守るためにいろいろな条約が結ばれて来ました。また国際連合を創設して世界の平和と安全を守る機能の中心を、安全保障理事会に託しました。しかしこのような条約を破ることが頻繁になり、安全保障理事会の常任理事国までもが国際法を破っていると非難されています。
多くの人が生活を破壊され、場合によっては命も奪われる様子を見て、皆さんも胸を痛めておられることでしょう。私は以前、アフリカのある国を家族で訪れているときに内戦が勃発し、幼い二人の子供と妻とともに森の奥に逃げ込んだ経験があります。最悪の事態も想定しなければならず、精神的にも肉体的にも追い詰められました。そのような経験をしたためでしょうか、戦火に逃げ惑う人々や、ついには非業の最後を遂げてしまった人々のことを思うと、他人事とは思えずつらい思いをします。

人間が作り出して、人間に降り掛かってくるこのような災厄は、人間の社会や文化の進歩とともに減っていくのでしょうか。そういうことを信じることはもはやできなくなった気がします。もしかすると現在はひどくても、大昔はそんなことはなかったのでしょうか。
紀元前のパレスチナで生まれた『旧約聖書』に「コヘレトの言葉」という章があります。以前は「伝道の書」と呼ばれていたこともありました。コヘレトの言葉は、人の世の虚しさを繰り返し述べていますが、その中にこういう一節があります。
「私は再び、太陽の下に行われるあらゆる虐げを見た。見よ、虐げられる者の涙を。彼らには慰める者がなかった。また、彼らを虐げる者の手には力があった。彼らには慰める者がいなかった。」このような状況を前にして著者はこう続けます。
「今なお生きている人たちよりも、すでに死んだ人たちを私はたたえる。」つまり、太陽の下の悲惨な現実をもう目にしなくても済む人たちの方が、マシだ、ということでしょう。さらにこう続けます。
「いや、その両者よりも幸せなのは、まだ生まれていない人たちである。彼らは太陽の下で行われる悪事を見ないで済むのだから。」

 旧約聖書のこの部分を読むとき、当時のひとびとの絶望と諦めが何千年もの時を超えて伝わってくる気がします。人を虐げる行いと、虐げられた人々の救いのなさは現在だけではなく昔からあったということです。
もう亡くなりましたが、渡辺京二という幅広い活動をした評論家がいました。本好きの人は『逝きし世の面影』という本の題名を聞いたことがあるかもしれません。彼は、水俣病の患者を支援する運動を行ったり、日本近代史や思想史を探究したりして、盛んに執筆活動をしてきた人物ですが、彼がものを書くということの出発点として次のような体験を語っています。彼を表現活動に駆り立てることになった、深刻な経験です。

彼は20歳の頃、結核を患って療養所にいました。当時の結核は死ぬ可能性が高い病でした。ある日彼は衰弱した母と娘が運び込まれるのを目にします。母と娘を運んできた父親は薄情にもすぐ立ち去ってしまい母と娘だけが残されます。ところが、この二人は運び込まれたその夜のうちに容態が悪化し、人生を悲しんだのか、むせび泣きながら、ふたりとも亡くなってしまうのです。渡辺はこの体験から「人はこのようにして死なねばならぬことがある。」と思い知ります。若かった彼は、人間はこのような悲惨の中で最後を迎えるべきではないと感じたのでしょう。強くこう思うのです。「こんなことがあってよいはずがない、許されてよいはずがない」
 
この経験から思いを巡らせて、渡辺は「「小さい者の存在」が、・・・、容赦もない自然と暴力の前にあって、・・・抹殺され忘却されてゆかねばならない」ことを認めざるを得ませんでした。虐げられる者は、救いもなく放置されてしまうことがあるのだということです。
渡辺の言葉は続きます。「小さきものは常にこのような残酷を甘受せねばならぬ運命にさらされている。・・・われわれがいかなる理不尽な抹殺の運命に襲われても、それの徹底的な否認、それとの休みない戦いによってその理不尽さを超えたいものだ。」これが渡辺京二の覚悟であり、彼のその後の作家活動のエンジンとなりました。
さて、皆さんはこの混沌とした世界の中で、これからの人生を動かしていくエンジンをもう見つけられたでしょうか?あるいは探しておられますか?
将来に希望を持って社会に出ていくことは素晴らしいことですし、祝われるべきことであります。が、同時に仕事に、生活に、社会に、ひいては世界に対して今までよりも重い責任を持つようになる、ということでもあります。

ご自分の人生を生きることはもちろん重要なことですが、「許されるべきではない理不尽な運命に襲われている」人々にも思いを寄せていただき、そのような状況を認めてしまうのではなくて「こんなことがあってよいはずがない」と思い続けていただきたいと思います。

京都精華大学の建学の理念の冒頭にあります、「人間を尊重し、人間を大切にする」という精神は、このような状況の中にあっても諦めることなく、「こんなことがあってよいはずがない」という気持ちを持ち続けることにつながっています。人間は尊重され、大切にされることが本来の姿であり、虐げられるべきではない、ということです。大学を離れても、本学の理念を、精神を掲げ続けることの大切さを最後に皆さんに訴えたいと思います。

皆さんのこれからの充実した毎日と活躍を心より祈っております。ご清聴ありがとうございました。 

卒業生の方に向けて、以下のページで情報発信を行っています。ぜひ定期的にご覧ください。

SHARE