2019年6月6日(木)に大山エンリコイサム氏を講師に迎え、アセンブリーアワー講演会「反復と人格-クイックターン・ストラクチャーについて」が開催されました。
大山エンリコイサム氏はストリートアートの系譜「エアロゾル・ライティング」のヴィジュアルを再解釈したモティーフ「クイックターン・ストラクチャー」をベースに壁画やペインティングを発表し、現代美術の領域で注目を集めるアーティストです。
本講演は、ニューヨークのストリートアートの歴史を、当時の写真や映像を多数紹介し、概観することからはじまりました。
1970年代のニューヨークは財政危機状態にあり、ギャングがはびこるなど荒廃している側面がありました。そうしたなか、一部の若者たちの間で、建物の外壁や地下鉄の側面などにエアロゾル塗料を用いて自らの名前をかく行為が流行します。
その行為を彼/彼女らは「ライティング(writing)=かくこと」と呼びましたが、行政はそれらを「グラフィティ(graffiti)=落書き」と呼称し、迷惑行為としてネガティブなイメージを付加させました。
1973年には市長の判断で、地下鉄が再塗装され、ライティングは塗りつぶされます。しかし皮肉にも、若者たちの目には新たなキャンバスが広がったものと映り、ライター人口は増える結果となりました。その過程でライティングの視覚言語はさまざまな進化を遂げ、FUTURA2000やドンディ・ホワイトといったスター作家を生み出しました。
それら作家たちはホワイトキューブにも作品を展示するようになり、次第にアートとしての価値が確立されます。2010年代には、世界各地でストリートアートを取り上げた大規模な展覧会が行われるまでになりました。
大山氏はストリートアートの歴史をふりかえり、ライティングにはネガティブなイメージもあったが、70年代の荒廃した状況下で、若者たちがギャングになって銃を手にする代わりに、エアロゾル塗料を手に取って名前のデザインを通して自己表現に進んだことは、ポジティブな発想と捉えていると語りました。
また、フランスの哲学者ジャン・ボードリヤールの概念「からっぽの記号」を参照しつつ、ライティングに参加した若者たちの人種や経済状況が多様であったことにも着目し、その活動がピュアな自己表現によるものと意見が述べられました。
大山氏はそういった歴史を踏まえ、自作を展開していきます。ライティングから文字としての意味情報を無くして、ストロークのみを抽出・反復し、ダイナミズムを最大化させた抽象的なモティーフを「クイックターン・ストラクチャー(QTS)」と名づけます。QTSの制作過程を段階ごとに分割された画像を示し、丁寧に解説されました。
大山氏はそういった歴史を踏まえ、自作を展開していきます。ライティングから文字としての意味情報を無くして、ストロークのみを抽出・反復し、ダイナミズムを最大化させた抽象的なモティーフを「クイックターン・ストラクチャー(QTS)」と名づけます。QTSの制作過程を段階ごとに分割された画像を示し、丁寧に解説されました。
70年代に登場した地下鉄のライティングの革新性は、ギャングの落書きが縄張りである特定の範囲を越えることがなかったのに対し、循環し横断するメディウムである地下鉄を媒体にした点にあります。こうしてライティングは、都市内を移動し伝播するようなったと大山氏は指摘します。
大山氏はその文脈を拡張的に解釈し、QTSを、壁やキャンバスに限らずさまざまなメディウムの表面に適応可能な横断性の高いアイコンとして構想します。そのコンセプトに基づき、建築物の外壁、ライブ・パフォーマンス、タブレット内の映像、コム デ ギャルソンやシュウ ウエムラなどのブランドコラボレーションなど、多岐にわたるQTSのメディア展開がこれまで実験されてきました。
高校生時代の作品や、2010年のあいちトリエンナーレで制作した壁画作品、2017年の個展「ユビキタス─大山エンリコイサム」(アメリカ・カンザス州)の会場風景など、これまでの活動を多数の写真と映像で紹介されました。
質疑応答では「現代の日本で、個人がライティングを行なうことに対してどのように考えますか」という質問に対し、「当時のニューヨークと現代の日本は社会的な背景が異なる。そうした差異を熟慮すべきということがひとつある。同時に、ライティングやストリートアートも千差万別で多様な作家性やスタイルがある。一絡げに良し悪しの判断をせずに、当事者・ファン・市民の方々など多くの人を巻き込みながら、生産的な議論が行なわれることが大切」と返答しました。
一般的にはまだ誤解もあるストリートアートの解説と、自作についての系統立てた説明は非常に明快で、100人をこえる聴講者からの拍手はひときわ大きなものでした。
大山エンリコイサムさん、貴重なお話をありがとうございました。
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