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第一回 二足直立歩行

人間とはどういう動物か ――二足直立歩行

もくじ

日高敏隆

今ご紹介していただいた日高といいます。僕自身は東大の動物学の出身ですが、入ったときに非常に苦労しまして、学校を間違えたからちょっと変わろうかと思ったぐらいだったんです。昔、京都で今西錦司先生という方がいらっしゃいまして、おサルの、ニホンザルの社会はどうなっているということをやってたんです。どう考えても面白そうだ。おサルというのがどういう動物で、なんてことを考えていて、こういうことを僕はやりたいなと思ったんだけど、お金がないもんだから京都にも行けないし、そのままだった。
それ以来ずっと京都へ来たいと思っていた。だいぶ経って京都へ来れたのは四十代を越えてました。そのときは学生と一緒にタヌキの研究だとか、いろんなヘンな研究をやった。そんな話はこれからでてくると思いますけれども、結局は京大で定年まで終わって、滋賀県立大学という新しくできた大学の学長を6年やって、それから総合地球環境学研究所というところの所長を6年、それがこの3月で終わった。そういうところです。講義は滋賀県立大以来、いっさいしたことがない。久しぶりの学校で講義をするのはたいへん嬉しいです。
 
そういうことで、この講義に関してですが前期では、「人間はどういう動物か」についての話をしたい。後期の方は、「生物学 II」として「人間以外の動物はどういうものか」という話をしたい。その中に生物学、細胞学も入れる。あるいは嫌なら入れない。というふうにしたい。

人間という動物の特徴

で、今日は人間はどういう動物かという話なんですが、人間がどういう動物かってことは普通考えないですよね、僕らは。人間が動物だってことはみんな知っている。多分。だけども、よく考えてみると、動物にしてはいろんなヘンなところがいっぱいあるわけですよ。

動物といってもまぁいろいろあるんですね。それぞれ変わってます。その中で、じゃトラはどういう動物かという話はできますね。クマは、といったら、こういう動物ですよ、というふうに。

じゃ人間はどういう動物かということを考えてみると、非常にヘンな動物である。実は人間だけがヘンなんじゃなくて、例えばゾウだって、すごくヘンな動物なんですよ。ゾウさんといえば子どもたちが好きで、「ゾウさん、ゾウさん」とか言ってるけれども、よく考えてみるとゾウの鼻ね、これ息を吸うためのもんですよ。この鼻をなんだか知らないけれど、こんなに大きくしちゃって、で、なーがくしちゃったわけですよ。あれで周りの草を食べ、暑いときには、あれで水を吸い込んで、シャワーを浴びるんですよ。僕らは鼻でシャワーを浴びようって考えたことはないと思いますね。それから鼻がこんなに大きくなっちゃうと、頭骨がちっちゃいわけにいきませんから、大きくなるんです。で、頭骨が大きくなると、頭が大きくなるんです。頭が大きくなっちゃうと、胴体が小さいわけにいかないから、胴体も大きくなる。そうするとあんな大きな動物になっちゃった。と、いうのがゾウなんですね。すごい変わった動物である。

で、まあ他にもいろいろ変わったのがいる。どの動物もみんなヘンです。みんな変わっている。僕らはなんか人間を中心に考えるもんですから、人間は変わってないように思ってる。でも、よーく考えてみると、ヘンなんです。非常にヘンなんです、人間てのは。

人間はケモノ

クマ

プロジェクターをみてもらうと、これはクマが映っています。で、人間ていうのは、赤ちゃんを産んで、お乳で育てますから、哺乳類ですね。つまりケモノですね。哺乳類っていうのは、ケモノなんです。ケモノというのは、体に毛が生えた──「毛の生えたもの」という意味です。クマさんも、ケモノでやっぱり哺乳類です。そして、四つん這いになっている。四つ足で歩いている。そういう動物は、だいたいの哺乳類のいちばん普通の形です。人間はこの仲間……なんですが、じつは、まっすぐ立って歩いているんです。ですね? だから「人間が直立二足歩行をする動物だ」っていうことは、それはもう、定義上そうなっている。

僕が大学生の頃には、まだ人間という動物の定義はなかった。どういうことかっていうと、たとえば哺乳類という動物全体についてはあった。四つ足で、そして毛が体に生えていて、そして温血動物で、子どもを産んで、そしてその子どもを乳で育てる。それがだいたいの定義だそうです。これが鳥になると、二本足で立っていて、翼が──前足が翼になっていて、そしてその体には羽毛が生えていて、卵を産んで、その卵を孵して育てる。こういう動物が鳥なんです。それ以外は鳥じゃないんですね。

 ところが人間はどうかっていうと、人間は哺乳類、つまりケモノであるというわけだけども、まず、まっすぐ立ってるんですね。それがだいたいすごくヘンです。赤ん坊のときは、四つん這いでいるんですが大きくなると二本足でたつ。これが当たり前なんです、人にとって。クマは四つ足でいるのが当たり前なんです。そういう動物。だから全然違います。他の動物はほとんどすべてが四つ足です。あの、レッサーパンダとかなんとかいうやつが、立つとかいって一時期有名になったじゃないですか。あれは一時的に立っただけなんですよ。普段は四つ足なんです。ときどきふわっと立っているんです。それからチンパンジーとかゴリラってのは、バナナかなんか食べものをとるときは立ちますけれど、実際四つ足でいるほうが楽なんです。立っているのはしんどいのです。人間は立っているほうが楽なんです。そういう動物です。それがだいたいヘンです。

しかもですね、これまでにも話をしていますが、人間というのはケモノなんです。さっきのクマと比べたらぜんぜん違うけれど、どっちも哺乳類。人間は一応赤ん坊を生み、それでお乳をやって育てますね。そういう意味では哺乳類です。しかも人間というのはケモノです。ケモノというのは体に毛が生えているからケモノといいます。ところがこうやって見てみると体には事実上毛はない。間違いなく裸です。私たちが裸でいるというのはヘンですね。ケモノという言葉は嘘になる。毛の生えていないケモノなんです。看板に偽りがある、ということになる。

ビーチの女性

では、毛がまったくないかといえばそうではなくて、髪の毛はある。しかもその髪の毛は長く伸ばそうと思えばずっと伸ばせる。髪を伸ばせるというのは当たり前だと思っているけれども、実はさっきのクマとかアライグマは毛を伸ばそうと思っても伸ばせない。たとえば動物園に行くとチンパンジーがいますね。チンパンジーのメスが、人間の素敵な女の人を見て、「ワァー、素敵だなあ、髪の毛を長く伸ばして」と思い、髪の毛を長く伸ばそうと思って伸ばし始めたとします。どうなるかというと、あるところまできたら必ず伸びなくなる。絶対伸びない。どうやっても伸びない。毛の長さは決まっている。ところが人間だけは伸ばそうと思ったら長く伸ばせる動物なんです。こういう動物はいないのです。なぜそうなのかというのがわからないのです。

考えてみると、体に毛がないというのもなんでだかわからないのです。毛がないほうが確かにきれいです。ですが、毛がないということは陽が差したら暑いだろうし、冬になったら寒いだろうし、やっぱり不便ですね。だけどなぜだか知らないけれど、人間はこういうふうになっている。それも不思議です。で、髪の毛はあって髪の毛はいくらでも長く伸ばすことができる。もう一つ別に髪の毛以外に陰毛があります。ここだけはちょっと毛が生えている。ほかの動物は体中に毛が生えていますが、この部分にはない。ところが人間は全体に毛がなくてこの部分だけある。なぜなのということはわからないんですね。

そんなことをずっと問うていってみると、人間というのはずいぶんヘンな動物だということがわかってきます。その辺の話を順番にしていって、人間とはおかしな動物だということから始まって、いろいろなことを考えてみたい。同時に人間というのは言葉も作っちゃったんですね。今ぼくは日本語でこうやってしゃべっていますが、これが外国の、たとえばイギリスだとかアメリカの大学だったら、教師が英語でしゃべっています。同じことをしゃべっていても、日本語しかできない人は聞いてもわからない。同じ動物なのに言葉がぜんぜん通じない。これがクマとクマだったら絶対クマとクマは通じます。人間は同じ動物なのに通じないのです。非常に不便です。そういうようなことがいっぱいあるので、それをちゃんと順番に話をしていきたいなあと思っているわけです。

立って歩く

 では人間について言うと、頭がよいとか、言語を持っているとか、文化を持っているとか思想を持っているとか、いろいろなことを言われていますが、体だけでもぜんぜん違うのだということになってきました。結局、人間の体の構造からいった特徴は何かといったときに、人間の特徴は、直立二足歩行をすることであるということになります。直立して立っているためには、大腿骨がまっすぐでなくてはだめです。普通の四つ足の哺乳類は大腿骨が湾曲しています。それで立ちますと、これが曲がっていますから、まっすぐには立てない。人間はすっと立てるのです。すっと立てるというのが特徴なのです。だから大腿骨がまっすぐであるということが他の動物とは違う、人間の特徴なのです。

ほかのサルはというと、大きく分けて二種類の仲間があるのです。一つは有尾猿です。有尾猿とは尾っぽのあるものです。もう一つの尾っぽのないサル、無尾猿です。ぼくらはサル、サルと言っているけれど、その二つの仲間があるんだということがまず大事です。

有尾猿というのは、ニホンザルだとかタイワンザルだとか、ぼくらが普通に見ている普通のサルです。普通のサルはみんな尾っぽがある。無尾猿というのは、もともと尾っぽのないサルです。尾っぽのないサルというのは、チンパンジー、ゴリラ、テナガザル、オランウータン、それから人間。この連中には実は尾っぽがありません。この無尾猿のことを別の言葉では、類人猿といいます。英語では──これはあまり英語では習いませんけれど──有尾猿のことをMonkey、無尾猿のことをApeといいます。われわれはサルというとMonkeyと思いますが、Apeというのもサルなんです。

人間はサルのグループの霊長類に属します。霊長類というのは、食肉類だとかあるいは有蹄類だとかそういうのがいろいろありますね。そういう言葉、げっ歯類とか、そのたぐいの霊長類です。英語ではprimates。霊長というのは実は中国系の言葉でいうと、万物の中で一番えらいというのを万物の霊長といいます。人間が分類学をするときにやっぱり人間が入ったグループが一番えらいグループだというふうに考えちゃったんで、このグループは霊長類ということになりました。これはとんでもない、よくない言葉なんですけどしようがないです。

霊長類の中の、尾っぽのないサルのグループが類人猿、あるいは類人類といって、その中に人間は入ります。動物の分類が好きな人に聞くとそうなっているのですが。

しかしさっき言ったように、人間はもうほかのサルとはまったく違うんです。要するに有尾猿というのは普通のサルで、これはもうケモノとして四つ足で歩いています。無尾猿も四つ足で歩いています。チンパンジー、ゴリラ、テナガザル、みんな四つ足です。これらのサルはぜんぶ四つ足で歩いています。で、時々立つ。ところが人間だけは、どういうことか時々ではなくて常時立っています。それが人間というグループの特徴になります。

まっすぐな大腿骨

そういうことがだんだんわかってきますと、生物学者たちが、じゃあ人間はいったいいつごろからできたのかというので、いろいろ調べていったのです。
今から1世紀ぐらい前だと思いますけれど、東南アジアで大腿骨がまっすぐなサルの骨が見つかったのです。これはどこだったかなあ、東南アジアのインドネシアだっけ。その骨をは化石を掘っていたときに見つかったので、大腿骨がまっすぐだということは直立して立ったということだから、このサルに直立猿人という名前をつけました。これがみんなの知っているピテカントロプス・エレクトゥスという。聞いたことある? ない?

ピテカントロプス、──分類学者は、全部学名をつけるんですが──学名というのがラテン語かギリシャ語なんです。このまっすぐの大腿骨の骨を見つけた人は、この動物は霊長類の骨であることは間違いない、その中でも大腿骨がまっすぐだから直立していたはずである。だから普通のサルではない。無尾猿の中の、しかも人間だ。そこでこういう学名をつけました。ピテカントロプス。ピテカントロプスというのは、ピテクス(サル)、アントロプス(人間)、すなわち猿人。エレクトゥスというのはラテン語でまっすぐ立っている。学名とはこういうようにギリシャ語とラテン語を組み合わせて長い名前を作ります。そしてこれがピテカントロプス・エレクトゥス。で、直立猿人ということになった。

これがそうですね、1930年代だったか、それぐらいの頃ですね。これはもう大ニュースだったわけですね。最初の人間の骨が見つかったということで非常に有名になったんです。で、ピテカントロプス・エレクトゥス、直立猿人という名前になった。それ以来あちこち掘ればきっとそういうのが出てくるぞということで、みんな一所懸命掘ったわけです。いろいろ掘っていると、アフリカからやっぱりたくさんでてくる。そうすると直立して歩いていたと考えられるようなサルの骨は、けっこういっぱい出てくる。それでもう、何とかトロプス何とかかんとかとか、そういう名前のやつがいっぱい出てきて、それを並べてみると、またわからなくなったんですね。そうするといろんな人間がいることになるから。

 今、人間という種としては1種類です。だけどかつてとにかく何十万年も前、あるいは何百万年も前から見ると、なんかいろんな人間がいたみたい、ということになって、それをまたどういうふうに進化したかということをざあっと並べていく。分類学者はそういうことをずっとやってきました。いまだに結局何が一番古いかというのはあんまりよくわからないんですね。とにかくはっきりしていることは、人間というのは直立二足歩行をしている動物である。しかもサルであるということです。それが人間という動物の特徴だということになります。

直立二足歩行ができる、ということは大腿骨がまっすぐだからです。大腿骨がまっすぐだと四つ足では歩けないです。ぼくはやったことがありますが、四つん這いになって歩いてみたことがあるんですが、足が痛いです。これで走ってみると非常につらいです。だから四つん這いになって一生歩けと言われても絶対無理です。とてもじゃないけどそんなに距離は歩けないです。少し歩くのでも大変。逆にいうと、四つん這いのものがまっすぐ立つのも大変なんです。だけど、大腿骨がまっすぐになればちゃんとまっすぐ立てるんだということで、ぼくの大学時代に読んだ本にはそんなふうに書いてありました。だけど、大腿骨がまっすぐになれば立てるのか。そこでちょっと考えてみると、いろいろヘンなことが出てきます。

直立二足歩行の条件

骨格

じゃあまずさっきのクマのことを思い出して。クマじゃなくてもいいんですが、イヌでもなんでもいいです。ああいうのを思い出してください。あの連中は四つ足で立っていて、そして頭は前を向いていますね。イヌは四つ足でしかも前を向いています。あの連中が仮に大腿骨がまっすぐになったとして、それでエイッと思い切って立ったとします。そのまんまで。そのまま立つと頭は上を向いちゃうんですね、そうでしょう? 空を向いてしまう。で、前を向きたいときは首を曲げないといけないんです。人間はまっすぐ立っていて平気で前を向いていますが、四つん這いになったら地べたを見ちゃいます。歩こうとしたら、頭をいつも上げていないと前が見えない。そこが違うわけです。

板書 骨格

そうすると大腿骨がまっすぐなだけじゃあなくて、これが立つときには背骨の先には頭がついていますから、まっすぐ立って頭が前を向くためには、頭と背骨は直角についてなきゃいけない。それでないと前は見られないんです。そのためにはどうしたらいいかというと、実はこの頭の中には、脳があります。 で、脳と脊髄は、続いています。で、この頭が前に向いてくれるためには、脳がこうあって、脊髄と直角になっていないとこまるんですね。

そうすると、だんだん話がややこしくなるんですが、頭骨と脊柱がつながっている穴をずらさないけませんね。四つ足の動物では、頭骨の一番うしろに穴があって、そのまま脊柱につながっているんです。人間の場合には、こういう頭骨の、丸い部分の下側に穴があって、脊柱につながっている。そこで、ひとつ頭の骨を工作をして、一番後ろにあった穴をなんとかして頭骨の一番下に持ってこなきゃいけない。

持ってこなきゃいけないといっても、別に細工をしているわけではないから、だんだん、だんだん後ろにずらしていくことになる。そんなことがどうしてできたのかわからないけども。そして、しかもそこに脳がつながる。それ自身、ものすごくたいへんなことですね。で、結局、どうしてそんなことができたかっていうのは、よくわかりません。すでに我々は全部、そうなっています。だから君らもまっすぐ立って、体をまっすぐ上に向けて、前に行けるわけですね、みんな。

それは、何でもないような気がするけれども、ほかの哺乳類はこういうふうにはできていないんです。けれど類人類の骨を見ると、それがだんだん、だんだん違ってきているところが見えるんです。で、ゴリラ、チンパンジーなんていうのは、まあ、人間に割合近いです。頭骨の穴の位置が、犬やクマより下にきている。だから、よぉく見るとゴリラ、チンパンジーというのは、頭が少し斜めについているんです。我々では、あごとか眼球とかどうとかこうとか、細かいところまでみんな変わっているのですが、それは実にたいへんなことだったんだ。

内臓

それで、まあ頭骨は何とかなったとしても、僕らの体には内臓がありますよね。肺とか胃袋とか肝臓とか、いろいろなものがある。ところが、こいつがエイヤーッと立ったらどうなります? まっすぐ立っちゃったら、内臓はどうなるか。内臓は全部下にズドーンと落っこちちゃいます。どうしようもない。もう胃袋から肝臓から全部ドサーッと下に落ちちゃいますね。でしょ? そしたら、もうどうしようもないですね。で、これを引っ張るなり、どうしたらいいかっていうと、骨盤というものがありますね。それが内臓を受けている。けれどまっすぐ立ってしまうと、この背骨がまっすぐだったらドーンと内臓が落っこちちゃうので、背骨をS字型にするんです。で、筋肉によって肺をぶら下げたり、胃をぶら下げたり、肝臓をぶら下げたり、で、下は骨盤で、腸なんかを受ける。こういうふうに、僕らはまあなんとかたっているわけです。まっすぐ立つためには、足の骨がまっすぐになったらいいだけじゃなくて、胸骨を変えることや、背骨を変えなけりゃならない。とういうふうになる。

椎骨

で、これは絵で書くのはかんたんなんですが、実際背骨をSの字型にするためには、これはなかなかたいへんです。背骨っていうのは本来、まっすぐなんです。ところがS字型にするためには、これじゃあ困るわけですね。椎骨の一つひとつがまっすぐだったら、S字型の脊柱の間に隙間ができるわけです。隙間ができるということは、非常に危ないんですね。これをさせないためには、一個いっこの形を変えて、四角いんではなくて、こういう格好にしなきゃいけないわけです。今、人間は、こうなっている。で、よく体操のときなんかに、背筋をまっすぐ伸ばしてといわれる、ね。あれは嘘です。背筋をまっすぐ伸ばしたら、ぼくらは立っていられない。背筋は曲がってるんですよ。それも前後に曲がる。で、そのためには一個いっこの背骨の形を全部変えなきゃいけない。で、骨盤は大きくなくっちゃいけない。こういうふうになります。

全体を支える足

ここに足の裏がありますね。で、四つ足の動物の場合、この足の裏っていうのはちっちゃい。馬なんて指1本。これがまっすぐ立っちゃうと、全身の目方がこの足の裏にかかってくるんですよ。全身というのは50キロから60キロある。それが全部足の裏にかかってきます。だから、こういうときの足の裏はたいへん。全身の重さを全部支えている。そうすると、この足の裏ってのは、普通の格好ではどうしようもないわけです。立つためには足の裏が大きくなるみたいで、やはり人間の足の裏は大きくなって平べったくなります。足の裏の長さてのは、結局人間のひじくらいの大きさになるんですね。人間の足の裏の大きさは、ひじくらいの大きさがないと問題ですよって言われると、自分でこう見てね、「あ、ほんま大きいなあ」と思うよ。

学生

で、そのときに足の裏が全部平べったかったらどうしようもない。平べったくてベチャベチャベチャベチャしたら、これ、だめなんです。そやから、土踏まずがこんながっちりとあることが大事なんです。これで、実は両方に力をまた分けてやってるわけです。そうすると、歩くときには前のほうにやって、後ろは後ろを外して、こうなるわけです。だから、そこまで変えないと人間は二足歩行はできない。そういうことになるんです。ってなことがだんだんだんだんわかってきました。ようするに、足の裏というのは手のひらとはまったく違う。ほんとはもともとおんなじもんですね、いわゆる手足だから。足の裏がこういうふうになって、それでちゃんと体重を支えて、かつこうやってさっさと歩けるようにできたわけです。

そうすると、まっすぐ立って歩くっていうことはなんでもないような気がするけども、ここまでいろんなことを変えなきゃいけないんですね。まず足をまっすぐにしたことはいいんですよ。頭骨の格好を変えなきゃいけない。そして、頭骨と背骨のつながりを変えなきゃいけない。脳には曲がってもらわなきゃいけない。そして、背骨にはかわいそうにS字型になってもらわなきゃいけない。それで、あいだの内臓がぶら下けないといけない。そういうことから始まって、足の裏まで全部変えないとだめである。

こういうふうになった人間がもういっぺん四つ足に戻れるかっていうと、絶対に戻れません。これはもう皆さんやったことある人いるかなあ、ちょっとやってみると面白いですよ。大変。非常に大変。つまり非常に苦しい。本来二本足で立って歩くようにできてるんだから、我々人間はもはや四つん這いの動物には戻れない。二本足で立っちゃったもんでしょうがないんです。他の哺乳類はですね、サルはもちろんとしてウシとかウマと。ウシやウマってのはあれは四つ足で歩いている。ウマなんていうのは四つ足でもってあんなに早くてダァーッと走ったりしとる。だけど、人間はああいう様子とは違っているわけです。まったく違う。しかし、哺乳類であるからやっぱり赤ちゃんを産んでそれをお乳で育てるという意味では、同じなんです。だけど構造はまったく違う動物である、ということです。

なぜ二本足で立つのか

そうすると問題はですね、なんで人間はそこまで苦労して二本足で立つようにしたんだろうか。これはぜんぜんわからないんですね、なぜだか。ぼくら立ってて何か得なことはあるのかなあ。で、立ってるとね、いろんなヘンなことがあるわけですよ。例えば飛行機に乗ったときにこの頃言われてる、エコノミー症候群っていうのあるじゃないですか。飛行機のエコノミークラスに乗ってニューヨークまでとかあるいはヨーロッパぐらいとか、12時間ぐらいずうっとこう座ってるでしょ。そうするといろんなことが起こってきて、ときには倒れたり死んじゃう人がいるわけですね。あれは実は我々が二本足で立ってるからああいうことが起こる。本来は立っているべきものが、座っちゃって、足をこう曲げて、それで12時間じっと座ってるわけです。それは人間にとって非常に異常な状態なんですね。そうすると、血管が詰まるとかなんとかいうことが起こってきて、結局エコノミー症候群になっちゃうのです。だから、それを防ぐためには、ときどき立って歩いたりせえへんとだめですよって言われてるんですね。そういうわけです。

それから、ヘルニアっていう病気があるんですね。聞いたことある? 昔は脱腸っていったんです。要するに、腸が出てきちゃう。だいたい腸は同じく無理しとるからね、まっすぐ立ってれば、腸が下へ落っこちちゃう。しかし、イヌやネコが脱腸になったりすることはない。ああいう連中はもともと四つん這いでいますから、このように出てくることはない。人間はまっすぐ立ってるもんですから、腸が肛門から出てきちゃう。ね。そういうヘンなことが起こる。

さらに動物の心臓はここにありますね。脳はここにありますね。心臓は血液を脳へ送ってるんです。動物の場合は水平に血液を送ってます。人間の場合はまっすぐ立っちゃったので、心臓から上に向かって血液を送り込まないと。で、脳は血液を非常によく使う器官ですから、大量に血液を送らないと倒れちゃいます。そのためには血圧が高くなきゃいけないんですね。だから、人間ではよく高血圧とかがすぐ起こるんですが、高血圧になっちゃうのは人間が実はまっすぐ立ってるからです。

けど、唯一他の動物で人間と同じ悩みを持ってんじゃないかと思われるのは、キリンですよ、キリン。あの首の長いキリン。足はスッとなって、首は長ーくなって、あれ何メートルある? 頭は3メートルぐらい上のほうにあるんですよ。脳はあの付近にあるんですね。心臓はずっと下にある。3メートルぐらいの高さに血液を押し上げてるわけです。これが非常にたいへんなんです。で、そうするとね、キリンの血圧というのは、心臓を出たときには──人間の場合、非常に高い血圧でも、150とか170とかその程度と思うんですが──キリンの心臓の近くの血圧というのは、380とかいう。ものすごい。人間やったらもう脳が泡立ちます。まあ、ぼくはアフリカでよくキリンを見てますけども、ま、立ってるキリンが脳貧血を起こして倒れるとかいうのは見たことがありません。そういうの、あったら面白いんですがねえ。その、ずいぶん親しみやすくなる。しかし、そんなことはない。ちゃんとキリンはしっかりしてる。

さらに、逆に今度は立って歩いてるとね、足がだるくなる。うっ血します。血が溜まる。ね。で、下にきた血液を上に戻すのは、やっぱり今度は1メートル近く上げなきゃいけないんで大変なんです。どうにも下へ下へ溜まっちゃう。キリンの場合には3メートルぐらい下へ下がってるんですよ。これは大変なんです。同時に3メートルぐらい上に上げなきゃならない。これはたいへん。だから、キリンは、まあたぶん人間と非常によく似た悩みを、血液に関しては持ってる。たぶん。そう思う。

で、人間はぼくら誰でもみながその悩みを持ってるわけです。だから、そういう悩みを持ってまで、なんで立ってんのか。それで何か良かったかっていうと、一つは、立ったら遠くが見える。四つん這いだったらなかなか遠くが見えないから、草の原で生活していたのが、立ってみると、敵が来たかどうかよく見える、だからではないかというんですが、まあそのためにずいぶんいろんなつらいことしてるんだなあ、そのつらいことに及ぶだけいいことがあるんですか、とまあ聞きたくはなる。

昔の人はそれに対してどう答えたかっていうと、違う答え方をしてごまかしてます。それは、まっすぐ立ったことによって、脳がいくらでも発達できるようになったと。それが、人間が頭が上になった理由ではないかと言う。しかし、立ったから頭がよくなったということではないんでね、立ったこととは関係がない。それから、もう一つはまっすぐ立つことによって、人と人が向き合って話しができるようになった、それが良かったと。人間は向き合うようになったために、いろんな相当ヘンなことが起こっちゃってるんですが、そういうことが起こっても、良かったのかなぁ。そういうふうに、とにかく人間は何が良かったかわからずにまっすぐ立つということをやって、そのためには、もう全身の骨から何から構造をどんどんどんどん変えた。で、今はもうこういう動物になっちゃった以上、人間はもういっぺん四つ足動物には戻れないのです。まっすぐ立ってれば楽かっていうと、夜には寝たくなりますね。やっぱり夜は横になっていたい。寝るときもイヌやネコみたいに、こうクルッと丸なって寝る者はないんで、やっぱりまっすぐ寝とる。そういうような動物に、とにかくなってしまったと。こういう動物は実は他にはいない。だから、ぼくら人間ってのはそういうわかりづらい要素を持ってるけど、実はそれが当たり前ではない。そうですね。

そういうお話なんですが、どなたか質問があったら、ちょっと時間があるんですが。まあ、誰でもすぐに質問が出る、というふうに人間はたぶんできてないですから、しばらくは質問が出ないと思うんですよ。で、15分くらいたつと、「なんか、あの科学者おかしいぞ」と気がつく。で、気がついた頃にはだいたい講義は終わっちゃっていて、先生はいないというふうになるという。それじゃ次の時間に質問しようと思うと、それまでに忘れちゃってる。まあ、年とってるんで、次来た時はくたばってるようなことがあるかもしれんですが、なんかあったらどうぞ。質問があったら、ぜひどうぞ。

なければ、この次は、我々は2万年生き、なんで体に毛がなくなったかっていう話です。では、どうも今日はありがとうございます。
(終了)


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